PPA における 無形資産評価
弊社で提供する、PPA における 無形資産評価 について、会計基準上の背景や、具体的な要求事項、実務的な対応事項等について、以下で説明します。
1. PPA (取得原価の配分)とは
まず、PPAとは、Purchase Price Allocation(「取得原価の配分」)の略で、企業を買収した際の取得原価を、対象会社の資産・負債に配分していく手続のことであり、企業結合にかかる会計基準で求められるものです。
このPPAの手続は、具体的には、日本基準では
「取得原価は、被取得企業から受け入れた資産及び引き受けた負債のうち企業結合日時点において識別可能なもの(識別可能資産及び負債)に対して、その企業結合日における時価を基礎として配分し、取得原価と取得原価の配分額との差額はのれん(又は負ののれん)とするとされている(企業結合会計基準第28項から第31項)」
企業結合会計基準適用指針第51項
と書かれています。つまり、買収された会社の資産・負債を、買収時点の時価により連結B/Sに取り込み、その時価評価後の資産負債(の差額の時価純資産)と取得原価の差額をのれんとするというものです。
簿価と時価の差異が重要でないと見込まれる場合は、適正な簿価のままでよいとされていますので(企業結合適用指針54項)、何でもかんでも時価を算定するということにはなりませんが、例えば、不動産を有している場合は、重要性にもよりますが、鑑定評価等による時価評価を行うことを監査法人から求められるケースは多いかと思います。
また、そのPPAの手続の中で
「受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱う」
企業結合会計基準第29項
とされています。つまり、買収時の貸借対照表に計上されていないものも含め、被取得企業の「識別可能な無形資産」をPPAの手続の中で識別して計上することとなります。
弊社にて実施させていただくのは、このPPAの手続の中の無形資産の識別及び計上額の評価となります。
2. PPA(取得原価の配分)の会計上の影響
前述の適用指針51項に記載されている通り、取得原価を資産・負債に配分した後の取得原価の残余がのれん(又は負ののれん)ということになります。
のれん(又は負ののれん)= 取得原価 - 識別可能純資産(識別可能資産・負債の純額) ※非支配持分がある場合は識別可能純資産×取得割合
以下は、PPAを実施した場合の貸借対照表の変化を表した図です。数値は仮のもので、簡易的に無形資産以外の資産・負債は簿価=時価としています。また、実行税率は30%としています。
上図の通り、識別した無形資産は税効果を認識するため、PPA実施後ののれんの額+無形資産の額(49+30=79)と、PPA実施前ののれんの額(70)とは一致しません。無形資産に対して認識された繰延税金負債の金額分、のれんが増加しますので、ご留意ください。
なお、これらの無形資産やのれんは、株式取得による買収であれば、合併や吸収分割といった方法で単体財務諸表に取り込まない限り、連結財務諸表においてのみ計上されます。
のれんは、日本基準であれば20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって償却することとなり、IFRSであれば非償却である代わりに毎期の減損テストが求められます。
識別された無形資産は、個別に耐用年数を設定し償却することとなります。ただし、IFRSでは、以下のように定められており、「耐用年数が確定できない無形資産」と判定された場合は非償却となります。
企業は、無形資産の耐用年数が確定できるのか確定できないのか、また、確定できる場合には、その耐用年数の期間(又は製品若しくは類似の構成単位の数)を判定しなければならない。企業は、次の場合には、当該無形資産の耐用年数は確定できないものとみなさなければならない。それは、関連するすべての要因の分析に基づいて、無形資産が企業への正味のキャッシュ・インフローをもたらすと期待される期間について予見可能な限度がない場合である。
IAS第38号「無形資産」88項
「耐用年数が確定できない無形資産」については、のれんと同様に毎期の減損テストが求められ、また、耐用年数が確定できる無形資産となっていないかどうかの判定の見直しも求められます(IAS38.108, 109)。
日本基準では、無形資産にかかる包括的な基準がなく、非償却が認められるかどうか明記された基準等はありませんが、実務的に非償却は認められません。(のれんの非償却が認められていない日本基準で、無形資産を非償却にする理屈を立てるのは難しいでしょう)
のれんが非償却であるIFRSやUSGAAPでは、償却資産である無形資産(非償却の場合もありますが)の識別はP/L及びB/Sに大きなインパクトを与える重要な手続きであり、PPAの手続は厳格に実施されてきました。一方で、のれんを償却する日本基準では、無形資産を区別しようがしまいが、いずれ費用化されるため、それほど重要視されず(特にのれんの償却期間が短いケース)、重要性がよっぽど高いケースを除いてあまり実施されてこなかったのですが、近年では監査厳格化やIFRS導入企業の増加によるPPAの実務の定着といった状況もあり、多くのM&Aにて実施されるようになっています。
そのため、過去実施したM&Aの際は、特に監査法人から要求がなかった場合でも、新たに実施したM&Aでは、PPAの実施を求められるというケースもあるかと思いますのでご留意ください。
3. 「識別可能」な無形資産 の要件
日本基準において、「識別可能」について明確に定義されていませんが、前述の企業会計基準第29項において、無形資産に関してのみ、「法律上の権利など分離して譲渡可能」な無形資産を「識別可能な無形資産」としています。
一方で、IFRSにおいては、「識別可能」について会計基準上で定義されており、資産が次のいずれかの場合には識別可能であるとされています(IFRS3.Appendix A)。
- 分離可能である場合
- 契約上の権利または他の法的権利から生じている場合
つまり、日本基準では「分離して譲渡可能」な場合に「識別可能」としているところ、IFRSでは「分離可能」または「法的権利から生じている」のいずれかを満たせば「識別可能」となっています。
このように、日本基準とIFRSでは「識別可能」の要件が異なっていますが、実務上は、日本基準の要件では監査法人が認めないため、IFRSの要件をベースに判断されることになります。
なお、参考としまして、IFRSでは、無形資産にかかる会計基準(IAS第38号「無形資産」)があり、その中で、無形資産は「物理的実体のない識別可能な非貨幣性資産」と定義されており、また、資産とは「過去の事象の結果として企業が支配し、かつ、将来の経済的便益が企業へ流入することが期待される資源」と定義されています(IAS38.8)。さらに、無形資産は定義を満たせばなんでも貸借対照表に計上されるものではなく、無形資産の定義を満たしたうえで「(a)当該資産に起因する期待される将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高く、かつ、(b)当該資産の取得原価を信頼性をもって測定することができる」という認識規準を満たした場合にのみ、貸借対照表に認識するものとされています。ただし、無形資産を企業結合により取得した場合には、この(a)(b)の認識規準は常に満たすものとみなすとされています(IAS38.33)。
結果として、PPAにおいては、識別可能要件(分離可能性規準 or 契約法律規準)を満たす無形資産を識別することとなりますが、とはいえ、その無形資産からの経済的便益の流入がほとんど期待されないという場合は識別しません(識別したとしても、評価額がゼロ又は僅少となり、計上するほどの重要性がない)。
4. 識別可能な無形資産の例示
具体的にはどのような資産が識別すべき無形資産となり得るのかについて、IFRS第3号「企業結合」で、無形資産を性質ごとに分類した例示が掲載されています(IFRS3.IE16以降)。なお、これらの例示項目は、あくまで例示であり、これに限られることはないとされています。
分類 | 例示 |
---|---|
マーケテイング関連資産 | 商標・商号 |
サービスマーク、団体商標、証明マーク | |
商業上の飾り | |
新聞のマストヘッド | |
インターネットのドメイン名 | |
競業避止契約 | |
顧客関連資産 | 顧客リスト |
受注残 | |
顧客との契約・関連する顧客との関係 | |
契約外の顧客関係 | |
契約関連資産 | ライセンス・ロイヤルティ・スタンドスティル条項 |
広告・建設・経営・サービス・商品納入契約 | |
リース契約 | |
建設許可 | |
フランチャイズ契約 | |
営業許可・放映権 | |
利用権 | |
サービサー契約 | |
技術関連資産 | 特許権を取得した技術 |
特許申請中・未申請の技術 | |
企業秘密(秘密の製法・工程等) | |
ソフトウェア・マスクワーク | |
データベース | |
仕掛中の研究開発 |
無形資産の識別手続においては、上記の例示項目を参考に、前述の識別可能要件を考慮して、識別すべき無形資産の有無を検討していきます。
5. 無形資産価値の評価の性質
識別した無形資産は、IFRSでは、取得日時点の「公正価値」により評価することになります(IFRS3.18)。「公正価値」は英語では"Fair Value"(フェアバリュー)であり、「測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格または負債を移転するために支払うであろう価格」と定義されています(IFRS13.9)。一方で、日本基準では「時価」で評価することとされています。その「時価」は、日本基準でも「時価の算定に関する会計基準」において、IFRSと同様の定義がなされていますが(時価算定会計基準5項)、なぜか当該時価会計基準が企業結合会計基準を適用範囲に含めておらず(同基準26項)、あまり明確となっていないのですが、実務上は、IFRSの公正価値の定義に基づいて評価が行われます。
公正価値の定義によると、市場参加者間の秩序ある取引において設定される価格となっていますので、例えば買収者が見込む固有のシナジーや固有の使用方法等は考慮しない、一般の市場参加者にとっての価値(一般の市場参加者が見込むシナジーは含む)で評価することになります。
また、「取得日時点の」価値ですので、買収した時点で、買収された会社が有している資産をその時点の価値で評価することになります。そのため、例えば、買収後に獲得していくであろう顧客や契約、技術、ブランド価値等は、もちろん評価対象に含まれません。
6. 無形資産の評価手法について
評価手法としては、株式価値評価と同様、インカムアプローチ、マーケットアプローチ、コストアプローチがあります。
無形資産評価においては、それぞれのアプローチごとに主に以下のような手法が用いられます。
アプローチ | 主な評価手法 |
---|---|
インカム・アプローチ | 超過収益法、ロイヤリティ免除法、利益差分法 等 |
マーケット・アプローチ | 売買取引比較法 等 |
コスト・アプローチ | 再調達原価法、複製原価法 等 |
識別した無形資産ごとに、最適な評価手法を選択しますが、多く用いられるのは超過収益法やロイヤリティ免除法といったインカム・アプローチです。インカム・アプローチにおいては、評価対象の無形資産が生み出す将来キャッシュ・フローを、評価対象の無形資産の期待収益率により割引くことで、当該無形資産の価値を算定します。
詳細はここでは割愛しますが、超過収益法であれば、当該無形資産が関係する事業等の将来営業利益から、当該無形資産以外の資産(運転資本や有形固定資産等)にかかる貢献コストを控除して、無形資産にかかる将来収益を求めます。ロイヤリティ免除法では、関連事業の売上高等に対して適切なロイヤリティ料率を乗じることで、無形資産にかかる将来収益を求めます。割引率は、評価対象の無形資産の期待収益率を、WACC(加重平均資本コスト)とWARA(加重平均資産収益率)、IRR(内部収益率)の分析により求めます。
7. 無形資産評価の実施時期及び監査対応について
「取得原価は、被取得企業から受け入れた資産及び引き受けた負債のうち企業結合日時点において識別可能なもの(識別可能資産及び負債)の企業結合日時点の時価を基礎として、当該資産及び負債に対して企業結合日以後 1 年以内に配分する」
企業結合会計基準第28項
PPAは、上記の通り、「企業結合日以後 1 年以内に配分」することとなっています。PPAにおける無形資産評価では、企業結合日時点の被買収会社の財務情報を使用することもあり、企業結合日の直近の決算に間に合わせることはスケジュール的に困難である場合が通常です。この点、会計基準上、1年間の猶予が設けられています。
なお、PPAが確定するまでは、「企業結合日以後の決算において、配分が完了していなかった場合は、その時点で入手可能な合理的な情報等に基づき暫定的な会計処理を行い、その後追加的に入手した情報等に基づき配分額を確定させる」とされています(企業結合会計基準適用指針69項)。また、PPAが確定したときは、企業結合日時点で確定が行われたかのように処理します。つまり、遡及修正するということになります。当該確定が企業結合日の翌年度となった場合、当該翌年度の財務諸表に比較情報として企業結合年度の財務諸表も並べて表示するときは、その企業結合年度の財務諸表にも暫定的な会計処理の確定による影響を反映させることになります(企業結合会計基準適用指針70項)。なお、当該暫定的な処理の取扱い(1年以内・遡及修正)は、IFRSにおいても同様です(IFRS3.45)。
無形資産評価の手続には、案件の規模や複雑さ等にもよりますが、中小規模の案件で概ね1か月前後はかかると見ておいた方がよいかと思います。また、PPAにおける無形資産評価は、貸借対照表の計上額を決めるものであり、企業結合の会計処理に直結するものなので、会計監査の対象となります。その監査も、開始から少なくとも1か月前後はかかると見ておいた方がいいかと思います。また、期末監査や四半期レビューの時期は、監査法人も通常の手続で忙しいため、そのような繁忙時期は対応できないかもしれません。そのため、最短で合計2ヶ月程度はかかるということを念頭に置いておいていただいたうえで、余裕をもってご準備いただくのが望ましいと思われます。(とはいえ、ギリギリになったとしても可能な限り対応を検討しますので、まずはご相談ください!)
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